大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和25年(う)769号 判決

控訴人 被告人 溝口民子

弁護人 上野義清

検察官 津秋午郎関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人上野義清の控訴の趣意は末尾に添えた書面記載のとおりである。

控訴の趣意第一点について。

しかし刑事訴訟法第三百八十二条によれば所論のように事実の誤認を理由とする場合には、訴訟記録及び原審において取り調べた証拠に現われている事実を援用しなければならないのに拘らず、所論は原判決言渡後作成された花田文子作成の証書と題する書面の記載のみをもつて原判決に事実の誤認があるというのであつて、之は法令に定むる方式に違反しているから判断を要しないものと認める。而して職権により調査するに原判示事実は原判決挙示の証拠を総合すれば優にこれを認めることができるから原判決には事実の誤認はない。

控訴の趣意第二点について。

しかし訴訟記録及び原審において取り調べた証拠を精査し、被告人の環境、犯罪の動機及び情状等諸般の事情を考察すれば原判決が原判示事実につき被告人に懲役三月及び罰金五万円を科し、懲役刑につき三年間執行猶予の言渡をしたことは相当であつて、刑の量定重きに過ぐることは認められない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則つて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伏見正保 裁判官 和田邦康 裁判官 小竹正)

弁護人上野義清の控訴趣意

本件に付第一審山口地方裁判所萩支部裁判官は被告人を懲役三月及罰金五万円に処する。但本判決確定の日より三年間右懲役刑の執行を猶予する。云々の判決をした。而して第一乃至第四の地代家賃統制令違反事実を認定するに当り其証拠として一、被告人の第一審公判廷の供述。一、証人稲岡敏之、同笹浪仁蔵の第一審公判廷での各証言。一、萩市役所商工水産課長横山音熊の証明書。一、花田文子、笹浪仁蔵、山本ユキ、稲岡敏之に対する司法巡査の各供述調書。一、被告人に対する司法警察員の供述調書を援用して右犯罪ありとした。

(一)然しながら右認定犯罪事実の第一、被告人は萩市大字吉田町六十番地に於て所有する木造瓦葺平屋建十八坪の住家を昭和二十四年一月から昭和二十五年二月迄の十四ケ月間花田文子に賃貸していたとき同人から停止統制額より計金一万百七十五円を超過した家賃合計金一万二千六百円を受領したとの点に付ては

(イ)第一審公判廷に於て被告人は「花田には昭和二十年の十月から貸して居ります。其時は二十円で貸しました。それから翌年の秋頃であつたと思います。花田さんの方から二百円上げようと云つて下さいましたので、私は預つています。二十四年の秋頃迄二百円づつ戴きその年の矢張り秋頃から十二月まで八百円やると云つて下さいました。二十五年の一、二月は小供が世話になるからと云つて九百円下さいました」云々と供述して居り拠証に援用された被告人に対する司法警察官の供述調書(甲第六号)の記載によると同人の供述として「花田さんに一年半位貸して居りましたが終戦の年の十一月頃から月二十円で貸し、二十一年十一月頃二百円持つて来られその月から月二百円の家賃に決め昭和二十三年の何月か憶えて居ませんが暮頃と思うがその月末頃家賃八百円持つて来られその後昨年の秋頃九百円持つて来られその月から今年の二月迄月家賃として九百円宛貰つた云々」とあり、参考人花田文子に対する司法警察官の供述調書(甲第二号証)の記載によると同人の供述として昭和二十年十月か十一月かに溝口民子の家を月家賃二十円で借り昭和二十一年十月までは月二十円で同年十一月から月当り二百円を払つていますが相当長い間支払つていますが良く記憶して居らず、昭和二十三年の暮から八百円を支払つて居たが昨年一月に九百円を支払つて二十四年と今年二月分まで計十四ケ月に亘り計一万二千六百円を支払つた云々」とあり。

以上を総合すると恰も被告人は花田文子から其賃貸料金一万二千六百円を受領し、停止統制額より金一万百七十五円を超過取得した様に思われるが、被告人の前示公判廷に於ける供述と今回本件末尾に添附提出する花田文子作成の証書の記載とも彼是対照するに被告人が右花田に賃貸して受領した金額は合計金七千五百二十円で其間の超過受領金額は三千五百十円に過ぎない事となり、従つて司法巡査の被告人に対する供述調書の記載と参考人花田文子の供述記載とが附合せぬ事となり右証書の記載が正しいならば司法巡査の右両名に対する供述記載が誤りである事となるので、本犯罪事実に付ては第一審認定に誤があると思料する。故に此点に付ては更に進んで証拠調を為すべきものと思料する。

(二)次に第一審判決の第一、第二、第三の事実に付き第一審公判廷の被告人の供述と証人稲田敏之、同笹浪仁蔵の各供述と、司法巡査の花田文子、笹浪仁蔵、稲田敏之各供述記載、被告人の同供述記載に徴するに右各事実に付被告人が停止統制額又は認可統制額を超過して賃貸料を受領し、又は知事の認可なく賃貸料を徴した事情は何れも貸借人から進んで超過賃貸料を提供したものである事は一見明瞭であり、被告人の右貸家貸間その周囲附近の実状は右の状態であつたことが推知し得る点を参酌し、特にそれから殆ど店舗として使用せられて居る実状から見て仮令被告人の所為が反則的であつたとしても情状の点から大いに同情の余地ある事案と云うべきであるに拘らず之に対し第一審裁判官がたとい執行猶予を附したりと云え懲役月の科刑を為し、更に罰金五万円の刑を科す如きは其科刑重きに過ぎるものであり、一件記録により明かな様に被告人が病弱の夫と共に漸く家賃により糊口をつないで居る実状から見て懲役刑のみを科しこれに執行猶予を附し罰金は之を科せず更に違反行為なからしむる事こそ今日の我国の実状に即した裁判と云うべきで刑事政策を通じて社会主義の維持と国民思想の善導が出来るものと思料するものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例